【原文标题】イタリア語でも「素」の私
イタリア・ミラノ発
ミラノの日本語補習、授業校のみんなと 「話す」とは、その言語の文法とマナーを守って正しく使うことがで
きるということだ。私が「話せる」と言えるのが、日本語とイタリア語である。だが私のイタリア語は日本語に比べれ
ば不安定だ。どんなにくだけた話をしていても、どこかで自分が緊張(きんちょう)しているのを感じるからだ。
それでもイタリア語を話せるといえるのは、会話に感情、意見などを入れる余裕(よゆう)があるからである。「話
せる」とはさらには、余裕をもって気持ちを表し、意見を述べ、腹が
立ったら文句などを言えるということでもある。私は緊張しながらも、イタリア語では意見を述べることができるし、文
句も言える。イタリア人にもっと自分の「素(す)」を見てもらいたい。
それから、私が外国育ちだと知らない日本人にも、私の日本語を理解して尊重(そんちょう)してもらえるようにな
りたい。
船橋 夏 18歳