むかしむかし、一人のヒツジ飼いが、山の上の小屋にすんでいました。おくさんも子どももいないので、ヒツジを何よりもたいせつにしていました。ある晩、ねるしたくをしていると、トントンと、戸をたたく音が聞こえました。「だれかね?」

女は、だまって帰っていきました。ヒツジ飼いが、やっとベッドに入ろうとすると、まただれかが戸口にやってきました。「だれかね?」「わたしは『災難(さいなん)』です」『病気』の女より、やせた女でした。「一番いい子ヒツジをください。くれなければ、あなたをつれていきます。あなたはかならず、災難にあいますよ」「わしのかわいい子ヒツジは、だれにもわたさんぞ。わしはとっても用心ぶかいから、災難なんぞにあうはずがない」
女が帰ると、ヒツジ飼いはベッドに入りました。まもなく、まただれかがやってきました。「わたしは『不幸(ふこう)』です。あなたをつれにきたのです。でも、一番いい子ヒツジをくれれば、つれていくのはやめます」『不幸』は、ガイコツのような女でした。
ヒツジ飼いは、頭をかかえました。「不幸は、自分だけではふせげない。まわりからもやってくるから」ヒツジ飼いはしかたなく、子ヒツジをさし出しました。「さあ、これをもっていくがいい」「いいえ、あなたがもってきてください」
ヒツジ飼いはしかたなく、女のあとからついていきました。やがて、さびしい野原の城につきました。「これが、わたしたちのすまいです」女がとびらをあけると、天井もかべもまっ黒で、数えきれないほどのランプがありました。
光が、うす気味悪くゆれました。「このたくさんのランプは、なんだろう?」ヒツジ飼いがたずねると、女はいいました。「これは人間のいのちです。ランプがもえていれば、その人は生きている。消えれば死ぬのです」「じゃあ、わたしのランプもあるだろうか?」 「もちろんあります。あれですよ」
それは、まだ油がたっぷりと入っていて、明るく、いきおいよくもえていました。でも、すぐとなりには、今にも消えそうなランプがひとつ、さがっているではありませんか。「おお、気のどくに、だれのランプだろう?」「あれは、あなたの弟さんのです」
ヒツジ飼いは、ビックリしました。これまでは、あまりなかのよくない弟でしたが、今にも死にそうに弱っていると思うと、むねがしめつけられそうでした。「おねがいだ。わしのランプから弟のランプヘ、油を少しうつしてやってくれないか」ヒツジ飼いは、ふかく頭をさげました。
「それはできません。油は一度入れたら、あとで入れたり出したりできないのです」「どうしても、弟を助けてやれないのか?」「ええ、どうしても」「なんだと! 子ヒツジは、もうあんたにはやるもんか! 弟が死にそうだと知ったら、わしはとても不幸になった!」
ヒツジ飼いは、かわいい子ヒツジをだきしめて、山の小屋まで走りました。次の日のことです。ヒツジ飼いが村へ行くと、教会の鐘(かね)が悲しくひびいて、だれかの死の知らせをしていました。ヒツジ飼いは、村人にたずねました。「だれが、なくなったのですか?」「えっ、まだきいていなかったのかい? なくなったのは、あなたの弟さんですよ」ヒツジ飼いは、ゆうべのランプがうそでなかったことを知って、ひどく悲しみました。