
陳勝 ( ちんしょう ) は、秦の貧しい農民でした。
ある日、彼はいつものように雇われ(雇う) 農夫として働いていましたが、ふと手を休めて側にいた仲間に、
「ああ、苦しいときの仲間というのはいいものだなあ。もし、金持ちになってもお互い忘れないようにしよう。」
と言いました。それを聞いた者が、
「なに言ってるんだ。雇われ農夫のお前が金持ちになるなんて笑わせないでくれよ。」
と言うと、陳勝は天を仰ぎ(仰ぐ)、
「ああ、燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや(ツバメやスズメのようなちっぽけな鳥が 鳳 ( おおとり ) の大きな志がわかるはずがない)。」
と言って嘆息したのです。
その後、陳勝は徴用されて兵役につくことになりましたが、 大沢郷 ( だいたくきょう ) というところまで来たときに大雨にあって足止めされてしまいました。秦の法律は極度に厳しかったため、目的地に着く期限に遅れれば斬罪になるかも知れません。かねてより大志を胸に抱いていた陳勝は、むざむざと罪を受ける道を選ばず、共に徴用された900名の仲間に対して、演説しました。
「諸君は、雨に遭って約束の期限に遅れた。これは秦の法律では斬罪に当たる。ここで逃げても死罪は免れない(免れる)。どうせ死ぬのだ。同じ死ぬ身ならば大いに名を挙げてみようじゃないか。
王侯将相 ( おうこうしょうしょう ) 、いずくんぞ 種 ( しゅ ) あらんや!(王や諸侯、将軍、宰相は生まれながらに決まっているわけではない、誰でもなれるのだ)」
こうして、陳勝は同僚の 呉広 ( ごこう ) と共に秦に対する反乱を起こしたのです。陳勝呉広の乱は反秦感情の追い風を受けて火のごとく広がり、陳勝自信も一時「 陳 ( ちん ) 王」を名乗って勢力を伸ばしましたが、結局、部下の手に掛かって落命しました。