音羽御殿で一汁一菜
通された部屋は質素で、ソファはバネが飛び出しかけていた。1984年4月28日。東京・音羽の鳩山邸を訪れた室蘭市議の堀田繁雄らは、想像していた豪邸とは違う雰囲気に戸惑った。
「会長、鳩山といっても、これだったら金ないぞ。どうするのよ」
同市議会の会派「自民クラブ」の会長を務める堀田に、同僚議員が軽口をたたいた。そこに、1人の女性がお茶を運んできた。「室蘭からご苦労さまです」。前掛け姿に、堀田は「お手伝いさんかな」と思った。だが、お茶を出し終えた女性は改めて市議らに向き合い、丁寧にあいさつした。
「鳩山由紀夫の母です」
市議らの鳩山邸訪問は、衆院北海道4区からの由紀夫の出馬について、鳩山家の了解を得ることだった。
由紀夫の母・安子は「由紀夫が政治家になりたいとわがままを言うので、困っているんです」と困惑した顔を見せた。
夫の威一郎は参院議員、次男の邦夫は1976年に衆院議員に初当選していた。
「私は反対です。これで由紀夫まで国会に出れば、鳩山家は破産してしまうかもしれません」
やはり由紀夫は難しいのか。安子の話に、「金がないんじゃないか」という同僚の軽口も、真実味を帯びた。だが、安子はこう付け加えた。
「由紀夫は一度決めたら、その方向に進む子です。私はやめろとは言いません」
時刻は昼時。安子は昼食を勧めた。焼きサケと漬物とみそ汁。食事を済ませ、堀田らは鳩山邸を辞した。「田舎に帰って鳩山御殿で一汁一菜だったなんて言えないよな」。訪問を終えた安堵(あんど)感からか、議員らは冗談を言い合った。だが、堀田は好印象を持った。「見えもはったりもない。政治家の家はこうあるべきだ」