2013年12月日语能力考一级真题读解部分01。考生们在日语备考中都会看大量资料,做大量习题来提高日语水平,可是在能力考前还是不能确定自己的掌握情况,那就让往年一级真题来帮你检测一下吧!
問題8 次の(1)から(4)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
(1)何かを学ぶということは、もちろん、問題に答える知識や技術を身につけるという意味もあるけれど、それは実は学ぶことの本質ではない。ぼくらは本や学校で、これまでひとが見出してきたさまざまな秩序、筊道を学ぶ。だけどそうやってさまざまな「型」を学ぶことによって、いままで見えていなかった、あるいはぼんやりとしか見えていなかった「型やぶり」なものが見えてくるようになる。つまり、学べば学ぶほど、見えてくる問題は増えるというわけだ。
(野矢茂樹『はじめて考えるときのようにー「わかる」ための哲学的道案内』による)
46、筆者は、学ぶことの本質とはどのようなことだと考えているか。
1)「型」を学ぶことで、気づいていなかった問題を認識できるようになること
2)知識や技術を身につけて、さまざまな秩序や筊道が見えるようになること
3)既存の「型」に固執せず、常に「型やぶり」なことに挑むこと
4)他人が見出したことを学ぶのではなく、自分自身で考えること
2)以下は、ある旅館に届いたメールである。 横西旅館ご担当者様
11月30日に、貴旅館のホームページから宿泊の予約をした者です。
予約ページによりますと、宿泊の可否についてはメールでご連絡いただけるとのことですが、いまだメールをいただいておりません。
出発の日時が迫っておりますので、早急にご確認いただけますでしょうか。
予約番号は131130172で、予約した内容は以下の通りです。
宿泊希望日: 2013年12月21~23日(2泊) 人数: 3名(大人2名、子ども1名) 部屋数:1室(禁煙ルーム)
なお、予約時には夕食の時間は19時にお願いしていましたが、18時に変更してください。 よろしくお願いいたします。
上田真由美
47、このメールが最も伝えたいことは何か。
1) 予約が成立しているか知らせてほしい。
2) 予約内容に間違いがないか確認してほしい。
3)予約ページに不具合がないか調べてほしい。
4)予約時に希望した夕食時間を遅らせてほしい。
(3)
(注)ナース:看護師
47、筆者によると、医療関係者に求められていることは何か。
1)患者の希望を聞いて治療方法を再考すること
2)患者が納得できる医学的な見解を示すこと
3)患者の目を最新の治療に向けさせること
4)患者を医学的な認識に導くこと
(4) 日記とは限りなく私的な記録であり、読者が存在しないどころか、他人には読まれたくない秘密の表現であるともいえる。
ただ一人だけ、奇妙な読者が存在する。いつでも自由に日記を読むことの出来る、日記の筆者である。その読者は筆者とは異なる場に立って、様々な配慮を働かす。万が一日記が盗み読まれたり(注)、死後に他人の目に曝されるような事態が発生した場合、こんなことが書かれているのはまずいのではあるまいか、等々と。しかし、これは限りなく私的な記録である筈の日記にとっては矛盾である。
(黒井千次『図書』2007年2月号による)
(注)盗み読む:他の人の日記や手紙などをこっそり読む
48、矛盾であるとあるが、何が矛盾か。
1)他人に読まれる可能性のある日記に秘密を書き残すこと
2)日記の筆者が他人に読まれることを想定すること
3)日記は筆者しか読まないのに、他人にも読みやすく書くこと
4)日記は私的なものなのに、他人に自由に読まれるかもしれないこと
問題9 次の(1)から(3)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
(1) 十年絵を描いてきて、最近になってようやく筆の止めどころがわかってきたかな、と思います。描きすぎずに筆を置くコツが尐しずつわかってきた。
最初のうちは、筆が多くなるものなんです。描きたいという気持ちが強いだけに、まだ足りない、まだ足りないという気になって、どんどん描き足してしまう。だけど、それを無理してセーブすることはないと思います。やっぱり、①とことん行ききっちゃったほうがいいんですよ、何事も。
たとえば、空腹のときに腹一杯食べて満腹感というものを味わっておかないと、加減というものがわかりません。人間、満腹を知っているから、これはまだ五分(注1)、腹八分といったらこの程度だという加減がわかる。一回とことんやってみることで、抑えることや、行きすぎないことの良さが初めてわかるものですからね。
(中略)
自分が描きたいモチーフそのものと対峙(注2)して、自分の感じたところで筆を進めている分にはいいんですが、客観的にそれを見て、ここが足りない、あそこが足りないと思って描き足してしまうと、止めどころがわからなくなってしまいます。それは、自分がどう見てどう感じたかという気持ちを素直に絵にするということとは違ってくる。②絵を説明してしまうことになる。そうすると、絵がうるさくなります。
客観的な眼を持つことも確かに大事なことではあるんですが、見たまま感じたままのストレートな気持ちを解説してはいけないと思うんです。
(片岡鶴太郎『鶴太郎流 墨彩画人門』による)
(注1)五分:全体の50パーセント
(注2)対峙する:向き合う
50、筆者は絵を描き始めたとき、どのように描いていたか。
1)筆の進め方を身につけようと思って描いていた。
2)筆を進めすぎないように心掛けて描いていた。
3)描きたい気持ちを抑えながらも描き足していた。
4)描きたいという感情に任せて描き足していた。
51、①とことん行ききっちゃったほうがいいんですよとあるが、なぜか。
1)描きたい気持ちがどのくらいかがわかるから
2)描きたいものが何なのかがわかるから
3)描きすぎないことの大切さがわかるから
4)描き加えることの楽しさがわかるから
52、②絵を説明してしまうことについて、筆者はどのように考えているか。
1)絵を思いのままに描き足しすぎるので、絵に面白みがなくなる。
2)絵を描きたいという気持ちを抑えるので、表現が素直でなくなる。
3)絵を客観的な視点で描くので、見る人にあまり感動を与えられなくなる。
4)絵を客観的に見て描き足しすぎるので、感じたままの気持ちが表現されなくなる。
(2)大方の予想に反して、科学が飛躍的な成果をもたらす現場では、誰もが実生活のなかで体験する新鮮な驚きや、たわいのない(注1)思いつきの類いがその起点となっている。むしろ、科学の画期的な発明発見ほど、かぎりなく日常的で具体的なものごとがもとになっているのである。(中略)
しかし、日頃の思いつきや驚きと違って、思いついて終わり、驚いただけ、ということにならないところが、ようするに科学の特徴である。思いつきや驚きは、新しい確かな「ものの見方」へのきっかけでしかなく、科学とはそれらをとことん洗練する創意工夫の営みにほかならない。実は創意工夫こそが、歴史上も有数の科学者たちに見られる、かなり一貫した姿勢なのである。
何かに驚いて、それまでは当然だと思っていたことに、尐し違った角度から眼差しをむけてみる。それだけではなく、違った角度から見えてきたことを首尾一貫(注2)させ、碓かなものにすると、求めても無駄な望みだと決めつけていたことが、あっさりと実現できることに気づく。新鮮な驚き、ささいな思いつき、そしてちょっとした理解の修正をきっかけに、常識とは尐し違った「ものの見方」をしたとき、どこか一面化していた常識そのものがより豊かなものにならないか考えてみる。これが科学を本当に発展させた人々に共通した姿勢である。
(瀬戸一夫『科学的思考とは何だろうかーものつくりの視点から』による)
(注1)たわいのない:ここでは、小さな
(注2)首尾一貫させる:始めから終わりまで一貰しているようにする
53、その起点とあるが、何の起点か。
1) 科学における大きな発明や発見
2) 日常のなかでの新鮮な発想
3)生活のなかの科学的体験
4)実生活に役立つ科学
54、筆者は、科学における思いつきや驚きを、どのようなものと考えているか。
1)科学的な「ものの見方」の本質を形づくるもの
2)科学の理論を日常的な出来事に関連づけるもの
3)いつもとは違う視点を得る契機となるもの
4)創意工夫をする過程で生まれてくるもの
55、科学を発展させた人々に共通している姿勢は何か。
1)思いつきや驚きをそのままにせず、常識とは違う見方をしようとする。
2)思いつきや驚きをこれまでの科学的知識で説明しようとする。
3)発想の転換を通して、独創的な考え方を身につけようとする。
4)発想の転換をすることで、常識的な「ものの見方」を否定しようとする。
(3) 多くの人は、個性の持ち主にあこがれて、できれば見習いたいものだと思いながら、実は一方で「人並み」であることをひそかに求めてもいる。「ひと」からはずれていたり、おくれていたりすることは、彼らを極度に不安にする。「同じ」思いを抱いていたことを発見することは大きな安心を与えるはずであるから、「同じ」思いの通ずる仲間が見つかると、すぐにでも群れようとする。①そういう人間の傾向は、別に日本人にだけそなわったものというわけでもなく、ほとんど本能的なものとして、多かれ尐なかれ誰もが抱えている要素であるといってよい。
にもかかわらず凡庸(注1)さは、表向き、なぜこれほど忌み嫌われる(注2)のか。それは、おそらく、人間というものの大多数が凡庸な生を生きるほかなく、自分の未来もまたその限界のなかにあることをうすうす知っているのだが、そのことをそう決めつけられることは、自分の生を希望のない確定的なイメージに塗り込めてしまうことであり、それは②個としての価値を否定されてしまうことにつながると感じられるからである。
生きる意欲が現にあるのに、おまえの未来はこのとおり当たり前のものでしかないと規定されることは、未来に向かうものとしてある「生の意欲」の本質的条件を根こそぎにしてしまう。自らが有限な存在であることを大筊ではわきまえつつ、しかもその範囲内に未知の部分を必ずいくらかは残しておく。そこに自らが個であることの確証をかろうじて求めようとするのだ。
(小浜逸郎『この国はなぜ寂しいのかー「ものさし」を失った日本人』による)
(注1)凡庸さ:ここでは、人並み、平凡であること
(注2)忌み嫌う:ひどく嫌う
56、①そういう人間の傾向とあるが、どのような傾向か。
1)個性の持ち主に表面的には感心しつつも、内心ではそれほど認めない。
2)個性を重視し、意識的に自身と似た個性を持つ人としか群れようとしない。
3)個性的でありたいと願いながらも、自身と思いが同じ人と群れて安心する。
4)個性的であることを切望し、個性が強い人と集まって安心感を得る。
57、何か②個としての価値を否定されてしまうことにつながるのか。
1)自身の限界を示され、将来に不安を感じること
2)自身の平凡さを思い知らされ、限界を自覚すること
3)自身の平凡さを指摘され、生きる意欲をなくすこと
4)自身の無能さに気づかされ、自己の存在に不安を感じること
58、筆者の考えに合っているのはどれか。
1)人間は自らの可能性を広げ、自身の価値を高める。
2)人間は個であることの確証を得て、自身の価値を高める。
3)人間は自らに希望の余地を残し、生きる意欲を保つ。
4)人間は常に新たな希望を探しながら、生きる意欲を保つ。
答案:
問題8:1 1 4 2
問題9:4 3 4 1 3 1 3 2 3
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