第1課 [コロンブスの卵]
今年の留学生スピーチコンテストでのことです。同じような発表が続いて少々うんざりしかけていたとき、「日本に来て初めて、桜の美しくさが分かりました」という張さんの言葉に「おやっ」と思いました。
…もちろん、日本へ来るまでにも、テレビや写真で桜を見たことはありました。が、この花がどうしてそんなにも日本人の心を捕らえるのかが、私には分かりませんでした…
私はいつの間にか、真剣に張さんの話に耳を傾けていました。
…私が知っていた桜は動かない桜でした。美しく咲いてすぐに散ってしまう桜を、私は知りませんでした。花の美しさもさることながら、その命の短さが人の心を捕らえるのだということが、自分の目で桜を見て始めて分かりました。雪のように散る桜、動く桜が私の心を打ったのです…
舞台の中央で心を込めて語り続ける張さんの姿が、次第に、大好きだった中学校時代の国語の先生の姿に重なっていきました。
先生がその話をされたのは二十年余りも前のことです。確か、俳句の授業の途中で、みんなアイディアが浮かばなくて困っていたときのことだったと思います。
…昨日、友人の結婚式に行ってきました。あいにく頼まれたあいさつはうまくいかず、失敗してしまいましたが、それはともかくとして、帰りの電車で、私は偶然大発見をしました。
「大発見」の一言に、みんな私語をやめ、一斉に先生の顔を見つめ、話の続きを待ちました。
ここから見える、ほら、あの山が全く反対の形をしているんです。みんなは当たり前のことだと言うでしょうが、普段見慣れている山が、全く逆の形に見えたのです。その驚きといったら…
先生の友達の結婚式は、私たちが教室から毎日見ている山の反対側の町であったのだそうでう。それで、帰りの電車の中から見た山がちょうどスライドの表裏が逆になったときのように、いつもとは左右が逆に見えたのでしょう。今ではどんな俳句を作ったかなんて、すっかり忘れてしまいましたが、先生ならではのユーモアを交えながら、私たちに伝えようとされた先生の「大発見」、そして「立場を変えて、見方を変えて、考えてみなさい。既に、見て、聞いて知っていると思い込んでいる物が、それまでとは全然違う形に見えることもありますよ」というそのときのメッセージは、今でも鮮明に覚えています。
張さんの言う「動く桜」も先生の「大発見」も、いずれも、私には「コロンブスの卵」でした。「コロンブスの卵」という言葉は、後で考えれば誰でも考えつきそうで、簡単にできそうな発明や発見も、それを最初にやることの難しさをたとえるのに使われます。アメリカ大陸発見なんて、大騒ぎするには当たらないことだ。そんなこと誰にだってできると言われたコロンブスが、それなら卵を立ててみろと言ったというエピソードは、皆さんもご存知だと思います。ここでの私の言葉の使い方は、その本来の意味から言うと、少しずれているかもしれません。しかし、張さんが「働く」と言った桜の話や、左右が逆に見える山の形を「大発見だ」と思った先生の話に、そんなことなど考えてみることすらなかった私は、「私たちが見ているのは、あくまでも、物の一面に過ぎないんだ」と、目からうろこが落ちる思い、まさに、目の前に事もなげに立てられた「コロンブスの卵」だったのです。
張さんのスピーチを聞いて、私は、姿や形は知っていても、「動く美しさを知らない桜」が、世界中にはまだたくさんあるのだろうなと思いました。でも、天ではなく地球が動くのだと考えついた人、地球の中心にりんごを引っ張る力があるのだと思いついた人など、歴史上で天才と呼ばれる人たちと私たち普通の人間との違いは、案外ちょっとしたことなのかもしれないなどとも考えました。
全国の大学、短大、専門学校を代表する二十人の出場者が競った今回のスピーチコンテスト。張さんが最優秀賞を受賞しました。