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《上級で学ぶ日本語》の教程第7课:[顔をなくしたふるさと

信息来源:网络  发布时间:2012-08-31

  第7課 [顔をなくしたふるさと]
 

  私が生まれ育ったふるさと――山陰の小さな城下町なのだが、そこを後にしたのは十歳のときのことだから、もう三十数年も前のことになる。当時小学生だった私は、学校が終わると仲間と集まっては、毎日暗くなるまで湖で魚釣りをしたり、うっそうと茂る杉林に囲まれた城跡で泥だらけになって遊び回ったものである。
 

  父の転勤が決まったとき、この仲間たちと別れるのが嫌で、一人でここに残ると言って両親をてこずらせたこと、ふるさとの駅を離れる列車の窓から、遠ざかっていく思い出の山や川を見つめながら身を切られるような思いがしたこと、みんな昨日のことのように覚えている。
 

  ふるさとの山に向かひて
 

  言ふことなし
 

  ふるさとの山はありがたきかな (石川啄木『一握の砂』より)
 

  先日、仕事の関係で十数年ぶりにそのふるさとを訪ねる機会に恵まれた。ふるさとの駅に降り立って「おやっ」と思ったのは、季節はずれの笛と太鼓の音が聞こえたからだった。迎えに来てくれていた取り引き先の人に、「お祭りですか」と尋ねると、「いいえ。地元の若い人たちが中心になって、観光客を増やすために、ああして一年中笛と太鼓で観光客の歓迎をしてるんです」という言葉が返ってきた。駅を出てみると、確かに駅前の広場で数人の若い人たちがはっぴ姿で太鼓を囲んでいた。今「地方の時代」ということで、ここ数年、私のふるさとを訪ねる観光客もずいぶん増えたのだそうだ。「おかげさまで、あちらこちらでいろいろな整備が進みましてね」という説明の通り、駅前の一角は昔の面影をなくしてしまっていた。
 

  迎えの車の中では、取り引き先の人たちが早速仕事の打ち合わせを始めた。しかし、私は心にあらずで上の空。窓の外を流れるふるさとの景色を目にしてどこか落ち着かない。「違う。何かが違う」という思いが頭を離れない。依頼された仕事を無事に終えた後もそのことが気になってならない。それで、ここまで来たついでに古い友人を訪ねたいからと夕食の誘いを断り、一人で町を歩いてみようと思い立った。
 

  湖で捕れた魚を、安くおいしく食べさせる食堂があったのを思い出し、とりあえずそこへ行ってみることにした。懐かしい町並みを歩き、湖に架かる橋を渡って、腕白だったころの自分に戻ってみたい。運が良ければ、橋の上から湖に沈む夕日が見えるかもしれない。きっとふるさとは、昔と同じように私を迎えてくれるに違いない。昔ながらのふるさとに出会えば、心のもやもやもはっきりするだろう。抑えようにも抑え切れないふるさとへの思いを胸に、私は、少々の道のりも気にせず歩き続けた。
 

  ふるさとに入りて
 

  先づ心傷むかな
 

  道広くなり橋もあたらし
 

  やはりここは自分のふるさととは違うぞと思った。私は仕事柄、よくあちらこちらへ出かけるが、そのどこかの地方都市を歩いているのと少しも変わらない。確かに、通りの名前も湖に架かる橋も昔のままなのだが、今風の店の造りといい、そこここに掲げられている観光客向けの看板といい、思い出につながるたたずまいがすっかり姿を消してしまっている。昔の顔をなくしてしまったふるさとに、私は何かしら裏切られたような気がした。
 

  目指す食堂に着いてみると、これがまた昔とは似ても似つかぬ高級レストランに変わっているではないか。メニューを見ると、懐かしい郷土料理の名前の横に、目の玉が飛び出るような数字が並んでいる。観光客相手にもうけなければ商売にならない。過疎に悩む地方の小都市が生き延びるためには、仕方がないことなんだと頭では納得しつつも、すっかり食欲をそがれてしまった。それでも、店に入った手前、そのまま出るわけにもいかず、せめて雰囲気なりとも味わおうと気を取り直して注文したのだが、応対する店の人たちの言葉にもふるさとのにおいがない。十数年ぶりのこととて、全く昔のままとは考えていなかったが、私のふるさとは、すっかり昔の顔をなくしてしまっていた。
 

  地域を活性化するために「地方の時代」が強調されて、観光客の増加を図るさまざまな計画は大歓迎だ。しかし、顔をなくしてしまったふるさとの、そのよそよそしいたたずまいに感じた、言いようのない寂しさと何とも割り切れない気持ちを、私はどうすることもできなかった。
 

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